15年先、自分の仕事ってどうなってるんだろ??

こんちは、イクメンエンジニア ケタローです。
今日もありがとう、感謝です!

先週の金曜日は、チョー久しぶりに東京に行ってきた。
『exma Tokyo Night』 っていうセミナーがあって、それに参加するために。

IMG_4187

(ツイキャス中のひとこま。)

やっぱ、東京はでかいよね~。 (^^ゞ

わざわざ、東京へいってきたの? って思われるかもしれない。

そりゃ、地元が大阪なので、こっちで開催されるセミナーに出るのが一番楽って言えば楽。
でも、ボク的にはわざわざでも行った甲斐があったなぁって思う。

同じ国内であっても、一種の異文化に触れるっていうこと。
街の空気感とか、考え方とか、雰囲気だとか、その他もろもろ。 いろんな刺激になった。

まぁ、今回の参加は直感的なことも作用してたので、それも大いに関係してるけどね。(^^ゞ

スコットの今後の活動のこと。よく理解できたよ。

 

 

自分なりにでも、将来を見通す目が大切だね。

さてさて、2030年・・・ 今から約15年後の世界を想像してみて?

自分をとりまく環境・・・仕事などがどういう風に変わってるのか・・・。

たぶん、今のまま・・・ ってことはない。 大きく変わっているはずだよね。

仕事だって、
今の仕事が存続してる!
って、大きな声で自信を持って言える人も少ないはずだよ。

2030年に無くなっていく仕事ってかなりあるみたい。 そういうデータもある。

IMG_4038

 

デジタル(コンピュータ)が今よりもっと発達していく時代にあって、単調ないわゆる、
単純ワークってのがなくなってしまうのは容易に推測できる。

単純な人間がするっていう作業レベルなことが機械に置き換わっていく。

・・・まぁ、もうひとつの視点で言えば、国内の動向でいくと、恐らく、国内の労働力も
かなり減少して、移民者のような安い労働力がわんさか入ってくるのは明白なんだろうなぁっ
とも思えるのだけど・・・。

飛躍しすぎかもしれないけど、ロボットが主流になって、アトムで描かれていたような世界が・・・・
って言うことも、半ば現実味のある話。
だって、来年にはソフトバンクからロボットが発売されるからね~。
この先、15年間でより一層、精度や使い勝手が増していくだろう。

クルマでも自動操縦が標準装備になってたりするだろうし、
もしかすると、もっと別の次元の便利なモノがリリースされている可能性だってある。

そんな時に、自分の仕事はどうなってるんだろう??? って。

 

 

今だけを基準に考えていると、淘汰されてしまう・・。

創業 何百年と代々経営されている会社を考えた場合、たぶん、どこかで新しいコトを
摂りいれながら、今に至っているんだよなぁって思う。

『今』 にしがみついて、経営してきたって言うことはないはずだよね。

その時代、時代の流れを見ながら、自分らの仕事にそれを摂り込んで、イノベーション。

だから、存続してこれたのだと。

 

以前お会いした金属の箔屋さんもそんな感じだった。

江戸時代くらいからの創業で、創業当時は金箔関連。

で、それを今もなおやってるかっていうと、違う。
培ってきた技術を活かしながら、変化に対応してきたって言う感じ。

捨てるべきことは、捨て。  ブラッシュアップして、拾い上げるべきは拾い上げ・・。
そういう感じで存続されてきてる。

 

根柢には、時代を見る目ってのが必要なんだよなぁって思うんだよ。

時代を観ずにして、そういう変化にはついていけない。
やっぱり、時代が変化してることを認めて、時代を見据えて、それに適応・順応していく。

それは、経営者だけでなく、サラリーマンであっても同じだろうね。

会社の一員として変化に適応していけるような対応で、意見を出し、参加していくか?
もしくは、そこから離脱するか?

ただただ、会社に 『寄生』 しているっていう考えなら、淘汰の対象になりえるだろうね。

経営側にも、社員の側にも、変化に対応していく目が求められてるのだから、
お互いの立場はどうあれ、意見を出し合って、互いにイノベーションしていくっていうことが
大切になってくるんだと思う。

 

子供たちに対しても同じなんだよね。

家庭でもそれは、同じだと思える。

今、自分らがやってきたことを、子どもたちに対しても同じような目線で語るのは
少し、危険なのかもしれない。

危険って言う意味は、言わずもがな・・・。

自分たちの目線で語ると子どもの未来を親たちが殺してしまう可能性があるっていうことだ。

変化への順応性は、親の世代よりもむしろ、子どもたちの方が高い。

なら、その順応性をより高める方向で導いてあげるのが、親の役目なんだろうなぁと。

この業界がいいから! って、子どもらの先の時代にそれが通用するかわからない。

むしろ、どんな状況でも 『楽しめる』 気概を教えていくことが重要だよね。

それこそ、『ゲシュタルト』 だね。

欠けたところばかりに目を向け、あれがない、これがないって悲観するより、
満たされていることに眼をむけ、変化することを怖れないというより楽しむこと。

親の考えを一方的に押し付けるというよりは、親自身が多様性を受け入れ、
子どもらにそれを感じさせてあげるのがいいのかなって思う。

時代に流されるのではなく、適応、順応していくのが進化ということだ。

アプローチの方法だって、いろいろと変わっていく。

今 っていう時代を楽しみながら、未来に目を向け、自分を適応させていくのだ。

先々に眼をむけていくこと。

・・・その実現には、やっぱ、勉強していくしかないね。 (^^ゞ

 

 

このエントリーをはてなブックマークに追加