ほんとうは、お客様はうちの機械なんて欲しくない…

改めて思えば、ほんとうに、こんな風なことを思うんですよね…  お客さんは、ほんとうに機械を欲しがっているんだろうかって?



こんにちは。

生産現場での「手間」と「モヤモヤ」を減らす人、けたろーです。

大阪・柏原(かしわら)市で、機械づくりと社長や現場の話を聴くことの両方で、生産現場をちょっとラクな環境にしていくサポートをしてます。 でも、本当につくっていきたいのは、余白(ゆとり)のある現場… だったりします。

さて…

お客様は、機械なんてほしくない。

ここ最近、思うんです…。

「ほんとうは、お客様は、うちの機械なんて欲しくない。」 っていうこと。 ブリスター包装機も、印字の装置も、省力化の設備も。

…むろん、それが必要だから相談してくれるんですけど。 でも、突き詰めて考えてみれば、お客さんって、機械そのものが欲しいわけじゃない… ですよ。

機械を創ってる立場から言えば、機械のオーダーを頂かないことには商売がなりたたない。 だから、あなたは何を言ってるの? って、思われるかもしれないんだけども。笑

でも、逆の立場で考えたら、本音のところでは機械という高い買い物なんてしたくない。

でしょ? そんな風に思いませんか?

遅いけど、ここのところ、ようやく腹落ちしてきました。 笑

ずっと、手段の話をしてた気がする

ボクは機械屋やなんで、どうしても

  • 「どんな構造で」
  • 「どんな構成で」
  • 「どんなふうにすれば」
  • 「どれだけ効率が上がるか」

などという切り口な話をしてしまう。

過去のブログでも、Youtubeでも、先日出展した展示会だって発信はだいたい、「スペック」寄りなのは否めない。 苦笑

でも、ふと気づいたんです。

あれ? マーケティング(エクスマ)を習ってた割にボクの話しは手段の話ばっかりだな…って。 爆

お客さんがホントに欲しいのは、〇〇な状態

機械化をめぐり社長と現場が対立し、停止した工場のイメージイラスト

相談の時には、機械的な構成とかスペックよりもまず、

「最近、現場が荒れてて…」 とか、
「トラブル対応が多くなってきて…」 とか、
「スタッフの数が…」 とか、
「このままでは、ちょっとまずい。」 とか…。

などという言葉が先にでてきます。

そりゃそうだよね。

余程、機械に明るければ、まっさきに機械スペック的な話から語られるのだけど多くはそうじゃない。

あたりまえなのだけど、機械については、むしろ、素人な人が多い。

現状の不満とか、不安とかをベースに話しがはじまっていくのが常だ。

彼らからすれば、結局のところ、機械っていうのは、“結果的” な産物であって直接的なことじゃない。

ちょっと乱暴に言えば、生産していく環境がよくなるのであれば、手段なんて、どうだっていい。

平たく言えば、

  • ガミガミ怒らなくていい
  • 毎日、焦らなくていい
  • 先のことを考える余裕ができる

そんな環境が欲しい。 
心的に落ち着きたい。 
安心がほしい… なんなら、お金をかけずに、そういう状態が欲しい。 ってこと。

それに向けた解決策を尋ねに相談に来られるというわけ。 彼らのなかで、機械って抽象的で漠然としている。

だからこそ、ボクみたいなのが解決策への形として、提供する。

そんな感じなんだと。

ワンオフの意味を、少し考え直している。

うちは、親父が独立起業してここをやり始めたころからずっと、ワンオフで、ずっと、「現場に合わせた一品一様の製作」でやってきた。

周りからは、『標準的なのをつくりはったら?』 などと言われることも多いんだけど、スタンスは変えてない。

おかげで、商売下手なんだけどね。苦笑

でも最近は、機械創りそのもの対して、少し疑問というか、懸念というか… そういう感情があって。

機械とは、ひとつの手段にすぎない。

機械って、手段であって目的ではない。 つまり、機械化することがゴールではないということ。

その会社が、どこに向かいたいのか? 社長が、その会社が、スタッフたちが、どんな状態で仕事していたいのか?

それが、決まっていなければどれだけいい機械を創ったとしてもズレていく。 考えるべきことは、

どうなっていたら、現場として、会社として、最高なんだろうか?

ほんとのワンオフは、そのゴールを共に考えて、そのゴールに合わせた仕組みをうみだすこと。

そうなんじゃないのか? って。

だから、ちょっとスタンスを変える。

ボクが向き合いたいのは、

  • 本気で現場を立て直したい
  • 誰かに整理してほしい
  • ひとりで抱えるのがしんどい

そんな社長さんなんですよね。

もちろん、単純に機械が欲しいという方も大歓迎なんだけど。

本質を見つめていけば、とにかく「形あるもの=機械がほしい」ではなく、機械の前に、まず話をして、整理してみれば?
って思うんです。

過去の失敗というか、体験したこと。

実は、ボクには少し学びの大きかった出来事があります。 ある会社さんとのできごとなのだけど。

将来を見据えて機械化を進めたい社長と、「機械はめんどくさい。人の手のほうが早い。」と考える工場長がいる会社さんでした。 はじめの打ち合わせのときから少し違和感を感じたんです。

社長とだけ話している分には、機械化したいんだな って、理解できて。 ボクも機械屋なんで、そうですよね~ みたいな流れになっていて。 でも、工場長を含めた会社の人たちと打ち合わせをしていると、??な感じ。

社長は前向き。 工場長は、どこか慎重というか、否定的。

それでも、打ち合わせを重ね、現場に合うような機械を考え、最終的に納めたんです。 現場のスタッフにも、使い方を説明して、受け入れられて、使ってもらえると思ってたんだけど…

正直に言うと、工場長が作業の機械化に対して消極的なのは、感じ取っていました。

なんでか? って、言葉の節々に、「人の方が早いし。」みたいなニュアンスが込められていたから。

でも当時のボクは、あくまでも、機械の導入は社長の意向だし、「あくまで、それは会社の内部の問題。」
「ボクらの仕事は、求められた機械をきちんとつくることやし」そんな風に思ってました。

オーダーに対して最善の設計をして、仕上げて、納める。 それがボクら役目だし、使命なんだと。

最悪なできごと。

ところが、しばらくして耳に入ったのが、

「あの機械、あまり使われていないらしい」 という話でした。 

さらに後日、その会社さんが廃業されたとの情報が入ってきたんです。

むろん、廃業の理由はひとつではなく、製品の市場環境や、経営上の事情もあったようで。 でも、少なからず、機械化をめぐる社内での対立が、影響していたのも事実のようでした。

気づかされたこと。

そのとき、はじめて気づいたんです。 

ボクらは、機械はつくった。 でも、本当にそれだけでよかったのか? と。

工場内での機械化についての対立は、決してレアなケースではないんですよね。 残念ながら、社長と現場側との対立はよくあるといえば… あって。

そのパターンとして、今回のような社長自身が機械化を推して、現場がそれを拒絶する場合と、逆に、工場長やスタッフが改善を求めて推すものの社長・経営陣がそれを拒絶する場合の2パターン。

機械化を社長が推す場合、お金を握ってるのは、概ね、社長の場合が多いから機械を購入する面で思えば、導入されやすい。でも、導入したとしても、実際に使うのは現場だから、使われないという事態が起きる。

今回の場合が、それ。

逆に、現場が推している場合ではお金の出どころは社長(経営側)だから、機械がそのものが導入できない。 つまり、どちらも噛み合わないとうまくいかない… 

ということがアリアリとわかったというわけです。でも… 個人的な意見というか印象を言えば、現場がいうことを聴かないというのは、一種の “謀反” なのではないのか? とも。

雇われている立場で、経営者の意見を聞かないというのは、ちょっとどうなんだろう? とも思うわけです。 

しかし、そのあたりって、一種の人間関係。 社長、工場長を含め、全体の人間関係が良好であれば、何ら問題は起きないのでは? なんてことも思ってしまう。

機械屋の立場で。

機械を創る立場で言えば、機械って、どれだけ性能が良くても、使われなければ意味がないし、価値を感じてもらえない。

その会社にとって、何が本当に最適だったのか…。

もう少し、踏み込むことができたのであれば、社長・スタッフを交えて、機械化するという社長の想いとは、将来のことへの考えを一緒に整理することができたんじゃないか? 

って、ちょっと思ったわけです。

ボクがやりたいこと

この出来事は、ボクにとって大きな学びで、かつ、一種の転機だったのかもしれないです。

機械は正解じゃない。むしろ、正解は、その会社ごとに違う… ということ。

そもそも、正解なんてものはなくて、必要なのは、その場、その環境に応じた『最善解』。 いまの条件の中で、いまの人たちが動かせて、いまの経営にとって意味がある形。 そこまで考えてはじめて、意味というものが生まれていく。

ボクは機械を創るという仕事をしているけど、ほんとうのところは、最善・最適解を一緒に見つけることが仕事だな、
って。 

繰り返しになるのだけど、機械は、あくまでも手段であって、ゴールではない。 でも、多くの会社では、機械を入れることがゴールになってしまってることを感じてます。

機械を入れさえすれば、全て、解決できる… 

でも、ほんとうのゴールは、機械を入れるかもしれないし、入れないかもしれない… ということ。

ひとつ言えることは、最適解を見つけて、最適な現場をつくる。

それができれば、機械を創るということにちゃんと意味が生まれる… のだと。

社長の話し相手、という立場

機械導入の前に社長と対話し最適解を探す様子を描いたイラスト

図面を描く前に、まず話を聴く。改めて思うと、これって、すごく当たり前なことなんです。 

昔から、当たり前のようにやってること。話しを聞いて、課題を明確にしないと設計ができない。 _なのだけど。 それ以前に、話しは聞くのだけど、機械屋として、すぐに『機械』とか、製作物の方へ結びつけてた感は否めない。汗

自分の技能というか、技術屋の特技というか… 話しをしている最中に、必要な機械の形のイメージがわいてくるというのがあって。苦笑

でも、根っこのところを考えたら、相手が本当に必要なのは、機械のイメージなんかではなく、悩みを整理して、条件を並べて、現実的な着地点=最適な方法を一緒に探すことなんだよね。

なんてことを考えてると、ボクは、最善・最適解を見つける人でありたいし、その最適な現場づくりをともに作り出す人でありたいなって、すごく思ったわけです。

機械は、あくまで、ひとつの形、手段でしかなく、絶対ではない。

主役は、現場と、そこにいる人と、その先の未来。 一番大切なのは、そこんところ。

遅ればせながら、最近、ようやく、そこらが見えてきたんだと想ってます。


「社長の話し相手」という名前がどうやって生まれたのか、その由来については、こちらにも書きました。


ここまで読んでくれてありがとうございます。

機械の前に。

いまの条件の中で、いま考えられる最善は何か?  設備を入れるかどうかも、そのあとでいい。

ボクは、社長の話し相手として最善で、最適な解(こたえ)を一緒に探す立場でいます。

いきなり機械の相談じゃなくて大丈夫です。

まずは、整理からしてみませんか?

機械化をめぐり社長と現場が対立し、停止した工場のイメージイラスト

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